ログイン
Language:

WEKO3

  • トップ
  • ランキング
To
lat lon distance
To

Field does not validate



インデックスリンク

インデックスツリー

メールアドレスを入力してください。

WEKO

One fine body…

WEKO

One fine body…

アイテム

  1. 紀要論文
  2. 史学論叢
  3. 第46号(2016)

関ヶ原の戦いにおける石田三成方軍勢の布陣位置についての新解釈-なぜ大谷吉継だけが戦死したのか-

https://beppu-u.repo.nii.ac.jp/records/2002278
https://beppu-u.repo.nii.ac.jp/records/2002278
4924334d-6eb0-46ce-8d9e-e9b15ccbe71d
名前 / ファイル ライセンス アクション
sg04610.pdf sg04610.pdf (1.4 MB)
アイテムタイプ デフォルトアイテムタイプ(フル)(1)
公開日 2016-08-05
タイトル
タイトル 関ヶ原の戦いにおける石田三成方軍勢の布陣位置についての新解釈-なぜ大谷吉継だけが戦死したのか-
言語 ja
その他のタイトル
その他のタイトル The Neology about the Lines Position of the Army of the Ishida Mitsunari(石田三成) Side in Sekigahara War(関ヶ原の戦い)
言語 ja
作成者 白峰, 旬

× 白峰, 旬

ja 白峰, 旬

Search repository
内容記述
内容記述タイプ Abstract
内容記述 これまで、関ヶ原の戦い(1)における徳川家康方、石田三成方双方の軍勢の布陣については、明治26年(1893)刊行の参謀本部編纂『日本戦史 関原役(附表・附図)』(2)収載の布陣図が近年まで踏襲されてきた。しかし、拙著『新解釈 関ヶ原合戦の真実』(3)でその信憑性に疑義を呈したほか、直近では高橋陽介『一次史料にみる関ヶ原の戦い』(4)、乃至政彦『戦国の陣形』(5)によって、石田三成の笹尾山布陣が明確に否定されるなど、根本的に再検討が必要になってきている。  また、桐野作人『関ヶ原 島津退き口』(6)では、前掲・参謀本部編纂『日本戦史 関原役(附表・附図)』(7)収載の布陣図について、石田三成方軍勢が横一戦に布陣しているように描かれている点に疑義を呈している(8)。  そもそも、「現在の関ヶ原合戦の陣跡地の場所は、神谷道一氏著による『関原合戦図志』(明治25(1892)年5月)を参考に、岐阜県の役人たちが参加し、現地事情を様々に考慮しながら決めたそうです。」(9)という指摘があることから、現在の関ヶ原の戦いにおける諸将の陣跡地比定が慶長5年(1600)当時の一次史料によるものではなく、その信憑性という点で大いに疑義があるため、今後、再検討の余地が大幅にあることは自明である。  こうした点を考慮すると、関ヶ原の戦いにおける徳川家康方、石田三成方双方の軍勢の布陣については、ゼロベースで考え直す必要が出てきたことになる。よって、本稿では、石田三成方軍勢の布陣について若干の考察を加えることにしたい。
言語 ja
出版者
出版者 別府大学史学研究会
言語 ja
日付
日付 2016-03-01
Language
言語 jpn
資源タイプ
資源タイプ識別子 http://purl.org/coar/resource_type/c_6501
資源タイプ departmental bulletin paper
収録物名
収録物名 史学論叢
言語 ja
号
号 46
開始ページ
開始ページ 151
終了ページ
終了ページ 163
戻る
0
views
See details
Views

Versions

Ver.1 2026-01-23 17:17:55.249882
Show All versions

Share

Share
tweet

Cite as

Other

print

エクスポート

OAI-PMH
  • OAI-PMH JPCOAR 2.0
  • OAI-PMH JPCOAR 1.0
  • OAI-PMH DublinCore
  • OAI-PMH DDI
Other Formats
  • JSON
  • BIBTEX
  • ZIP

コミュニティ

確認

確認

確認


Powered by WEKO3


Powered by WEKO3